代表責任者紹介

 代表責任者紹介  

冨嶋 克樹

  • 鹿児島生まれの京都育ち
  • 大阪デザイナー専門学校卒業後、京都の鋳物会社「伝来工房」にて設計担当(主な設計:皇居二重橋高欄復元工事ほか)
  • 1996年 講談社少年マガジンにて佳作及び特別審査員賞を受賞、季刊誌「マガジンフレッシュ」にて漫画家デビュー。以後、漫画家西山優里子先生の下で修行の傍ら作品作り(デビュー作:「DUAL」バイクものの読切)
  • 1998年 週間マガジンにて長編読切「ゆらとふるへ」掲載(心霊、古神道もの)
  • 1999年 月刊マガジンスペシャルにて「ゆらとふるへ」短期連載(心霊、古神道もの)
  • 2000年以後、秋田書店サスペリアでも読切数点掲載(主な作品:「開け!フタ」不定期連載)
  • 2001年 週間マガジンにて読み切り「死線」掲載(心霊もの)
  • 2002年 漫画家休止宣言後、京都の3DCG製作会社「界グラフィックス」にて3DCGモデリングを担当(主にゲームのNPCモデリングやカーレースもののキャラクターイラストほか)
  • 2004年 備品メーカーのミヅシマ工業開発にて新商品デザイン及び設計を担当(主な商品:コクヨ屑入れPF-EW400ほか)
  • 2007年 アトリエPUJA設立、イラスト、漫画等の請負の製作はじめる
  • 2009年 企画ブランド「京ひぷの」をスタート。また備品メーカーを退職。

◆ 財団法人関西カウンセリングセンター認定 心理臨床カウンセラー 第08P0153号
◆ 京都私学学校教育相談カウンセリング研究センター カウンセラートレーニングA(100時間)修了
◆ 日本ヒプノマネジメント協会認定 ヒプノナビゲータ 第K200016号

アトリエPUJAとは

アトリエPUJAの「PUJA(プジャ)」は、「祈り」の意味です。なぜ「祈り」なのか。。

私が漫画家を辞めた理由の一つに「描きたくない物を描いていた」と言うのがあります。
デビュー作は青春バイク物だったのに、辞める頃には何故かホラー漫画家になりつつありました(笑。単に霊体験が豊富だったからってだけでズルズルと人気を取る為に「もっと怖く!」「もっとエグく!」と言われながら嫌々描いてる自分に気が付いて辞めました。

少年犯罪が増える中、なぜ残虐なゲームや過激な描写の漫画が無くならないのでしょう・・。
それはやっぱり売れるからだと思うのです。売れる為に企業は力を入れて、ますます間違った価値観の中で子供が育つと言う悪循環を生んでいるのではないでしょうか。
こんな悪循環を砕く為には企業が売れる事よりも社会や子供によい影響を与える価値観を生み出していく事に意識を向けていかなければなりません。

そんな訳でPUJAでは、利用規定の「製作の範囲について」の中でも書いてる様に、利用者が潜在的に心を痛める、あるいは悪影響を及ぼす可能性のある制作はお受けしない様にしています。
ごく限られた範囲のものではありますが、例えば主人公が何のためらいもなく人を殺したり傷つけたりしてしまう内容のゲーム。残虐なイラストや特定の考えに偏っていると思われる制作物などです。

こんな事を書いて、仕事の幅を狭めていいのかと心配されそうですが、それ以上に今の時代、少しでも社会の風潮を改善していく努力が必要な時代になってきているものと感じられずにはいられないのです。

そうやって結果的に「PUJAさんの絵なら安心できる」と言われるアトリエにしていきたい。。
それが私の「PUJA(祈り)」でもあるのです。